【コラム】台南のコミュニティについて

【コラム】台南のコミュニティについて

昨日はちょっとうざいお客さんが多かったり、
連日、夜遅くまでコーヒーのレシピを考えたりしていて睡眠時間が足りてなかったりで疲れていたからなのか、営業終了後に久しぶりに(精神的に)ダウンしていました。

そんな時、急に仲良くしているコーヒー屋さんのオーナーから連絡が。
「今からちょっと届け物しにいくね」
そして、カッピングスプーンとカップをプレゼントしてくれました。「ほら、いつもカッピングするとき普通のスプーン使ってるでしょ?笑」って。

 

カッピングっていうのはコーヒーのテイスティングのことです。
スプーンを使ってすすって味見をするんだけど、カッピング専用のスプーンは結構値段がするし、普通のちょっと深めのスプーンでずっと代用してたんだけど、
最近他のコーヒー屋さんと一緒にカッピングをすることが多くて、やっぱちゃんとしたやつが欲しいな、と思っていた矢先。

彼的には、僕が焙煎機を貸したお礼なんだけど、そんなのはどっちでもよくて、こういう風なつながりって今まであんまりなかったから、なんかそれが嬉しくてほっこりしました。

(彼は今週末から焙煎の世界大会、台湾予選に出場するんだけど、そこでの指定焙煎機が僕の使ってるやつなので最近よく練習に来ていました。ちなみに僕は日本人なのでその大会には出られません。。残念)

 

改めて最近すごく感じるのは、台南のビジネス感の薄さ(いい意味で)。
例えば台北や東京もそうだと思うんだけど、基本自社と競合ってのははっきり線引きしていると思っていて、それなりに気にしていると思うんだけど、台南ってその感覚が皆無。

お客さんや競合となりうる人に対して、アドバイスはするわ、平気でレシピを公開するわ、人や業者を紹介するわで、たまに大丈夫なんかいなって思う。笑

最近の自分の例でいくと、他のコーヒー屋さんの焙煎士と焙煎データや理論、仮説を共有してどうやったらもっと美味しくできるか議論したり、互いの焙煎した豆を一緒にカッピングして評価したり、コーヒー抽出のレシピも色々と設定を変えながら実験したり、新しい生豆をオススメしあったり、従業員の教育や利益構造についてざっくばらんに話したり。笑

損益が発生する間柄にもかかわらず、その損益を無視できる、そんな関係がとても心地よいです。
お互いにコーヒーが好きすぎて、どうやったらもっと美味しいコーヒーが作れるかを考えるのが、金銭的な利益がどうこうよりも上位のモチベーションで、単純にお互い楽しいのだと思う。

多分台南の他店の人たちも、「好きで」店をやっている人が多いし、オーナーが店に立っていることがほとんどだから、その意識って結構大きくて、オープンにすればするほどプラスになって返ってくるっていうのを本能的に感じているのかも。

だって自分が一生懸命考えたことに対してフィードバックがもらえるということは、さらに進化できるということだから。コピーされるリスクよりも、さらに進めるメリットを取るんじゃないかな?まあ、もしかしたら何も考えてないだけかもだけど。笑

この点、日本は本当に閉鎖的だと思っています。
それをすごく感じるのが、コーヒー焙煎に関する情報の少なさ。焙煎理論やレシピなんて、絶対に日本語で探しても出てこないし、基本英語でアクセスしないとどうしようもない。逆に英語や中国語だと、オンラインスクールの動画が無料で公開されていたり、学術的な理論が公開されていたり、焙煎時のデータを公開して議論している掲示板やサイト、facebookグループ、instagramのアカウントなどが死ぬほど出てくる。
こういうのがもっと日本でもオープンになっていけばいいのになって本当思う。

 

まあとにかく、台南はいろんな人が自分で開業しやすい環境がすごい整っていて。
コストが安いのは前提として、助けてくれる人がいるっていうのが大きい。

経験がなくても教えてくれる人がそこら中にいるし(そもそも友達や友達の友達が自営業なんてざら)、物件や業者の紹介、設備のオススメや中古器具の仲介、そういうところまで普通に教えてくれたり手伝ってくれたりする。
実際に開業したあとも、その人たちがお客さんを紹介してくれたり、アドバイスをくれたりするし、お店同士のつながりでイベントをしたりするのもよく見ます。

 

まあ物事は、ポジティブな面があれば、ネガティブな面もあるもので。
逆にいえば、とてもフレンドリーでオープンだけど、それは友達の間柄に限られる、ということ。そこの情報網がなく自力で探すのはかなり困難で、台南に知り合いや友人がいない状態で何かを始めるのは、相当根気と運が必要。(だから僕はめちゃめちゃ苦労した)
仲間意識が強いのかな?国民意識?市民意識?ナショナリズム的な側面もあるのかも? 

そして、その仲間意識に違和感を感じることも結構あります。
店によっては常連(友達)と普通のお客さんで態度がめちゃめちゃ違ったり、個性や自己努力ではなくただインフルエンサーとのつながりで集客できてしまったり、つながりで店の評価が大きく変わったり、、、
つながりによって得られる情報やものの差が大きすぎて、公正感を感じられないだけでなく、
閉鎖的でつまらない場所が増えていっている印象です。
さらに残念なことは、人によってはそのつながりを得ようと躍起になっている感じを受けること。
(まあ一番残念なのは、それを”メリット”と感じてしまわざるを得ない今の環境なのだけど)

 

これがいいのか悪いのかってのは、よくわかりません。
ただ僕が感じるのは、人と人との距離がすごく近くて、色んなことにチャレンジしやすい街であること。でもそれは諸刃の刃的なところもあって、そこに近づくのにはハードルが高かったり、明らかな不公平感が発生しているということ。
だから、つながりを大事にしながらも、一方でそれがなくても自分の価値を定義する努力を怠らないことが、重要なのかなと思っています。

最近はSNSなどであやふやになっていますが、
僕は、人間の面白さは見た目や肩書きではなく、人生経験から作られた、その人ならではの考え方や価値観的なところにあると思っているので。

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